【1935年、日本実効支配下での竹島の漁民と鬱陵島からの出稼ぎの海女】

韓国・北朝鮮が、昔から竹島を名前を付けて呼んでいたといった理由で
韓国が現在実行支配しているが、
住んでいた又は利用していた可能性はない
竹島は、事実上占領された事になる
諸外国の同意を得て 武力行使して先ずは、竹島を取り戻して
それから 韓国との話し合いをしては、どうだろう。
日本も主張する事が、大事なことだと思う
韓国が、話し合いに応じない現状では、仕方ない
また 中国と北朝鮮の反応も気になるが、
アジア三代詐欺大国の韓国・北朝鮮・中国と別に決別しても構わんし
一度決着するべきと思う。
【韓国・北朝鮮は1417年から于山島と呼んでいた?】
いい加減な事をして来た韓国・北朝鮮の主張をそのまま鵜呑みする事は出来ない。
名前を付けただけで領土となると思える韓国は、稚拙だ(한국은 치졸하다)
また北朝鮮の領土を占領した事になる。(북한의 영토를 점령)
韓国・北朝鮮は「独島(獨島、トクト、독도、Dokdo)」と呼んでいる。韓国では、歴史書『太宗実録』太宗17年(1417年)の条に初出する「于山島」が現在の竹島(韓国名:独島)であるとしており、一時1900年の大韓帝国「勅令第四十一号」にある「石島」という呼称に変わり、1906年までに「独島」という名称に変更したとしている。なお「独島」表記の初出は、日本海軍 防護巡洋艦 新高の1904年9月の日誌にある「韓人これを獨島と書し」という記録があり、この時鬱陵島の朝鮮人が独島と呼んでいたということがわかる[2]。
【日本の実行支配は、1905年から 利用は江戸時代から】
朝鮮の文献等を調査した上で無主地であることを確認した日本政府は、1905年1月28日竹島を島根県隠岐島庁へ編入する閣議決定し、内務大臣芳川顕正が「内務大臣訓令」として告示を発布した[22]。これにより、竹島は正式に日本の領土となり、実効支配がここに始まった。
日本による過去の実効支配
江戸時代の竹島は、江戸幕府公認の下で鬱陵島に渡る際の航行の目標ないし停泊地として利用されており、寛文5年以降は幕府の許可を得てアワビなどの好漁場としても活用していた[21]。
日本による竹島の明確な実効支配は、1903年、隠岐島西郷町出身の中井養三郎が竹島に漁舎を建てて移住し、ここに人夫を移して、アシカやアワビ、ナマコやワカメの漁獲を始めたことを端緒とする[22]。1904年9月29日、アシカの絶滅を危惧した中井は申請書「りゃんこ島領土編入並に貸下願」を日本政府に提出し、日本海の孤島・竹島の領土編入と貸下げを内務省、外務省、農商務省の3省に対し、願い出た